パワハラで精神疾患が発症した場合は、労災認定される可能性があります。
ただし、労災認定されるためには、いくつかの条件を満たさなければいけません。
本記事では、どのようなパワハラが労災認定されるのか?どの程度の補償がされるのか?など、パワハラの労災認定について解説します。
労災認定が認められるための申請のコツも紹介するので、ぜひ参考にしてください。
目 次
パワハラによる精神障害は労災認定される
パワハラによって精神障害を発症した場合には、労災認定されます。
2019年まで、精神障害に関する労災認定の基準にパワハラはありませんでした。
しかし、2020年5月末に厚生労働省が基準を改定し、労災認定基準に「パワハラ」の項目が追加されたのです。
2020年6月から適用されているので、現在ではパワハラによる精神障害は労災認定されるようになりました。
では、実際にパワハラによる労災認定件数などの現状はどのようになっているのでしょうか。
以下でパワハラ労災認定の現状について解説します。
令和2年度のパワハラによる労災認定は82件
厚生労働省の統計によると、精神疾患の労災認定については年々増えている傾向にあります。
そのなかでパワハラに関連するものは180件とされています。
(参照元:精神障害の出来事別決定及び支給決定件数一覧|厚生労働省)
さらに、令和4年に厚生労働省から発表された過労死等労災補償状況によると、精神障害の労災認定請求件数が全体で2,683件、労災支給決定件数は710件となりました。
(参照元:精神障害に関する事案の労災補償状況|厚生労働省)
これらの件数の増加は、パワハラが労災認定されることが広く浸透していることも理由の一つとして考えられます。
労災認定されるパワハラの種類
労災認定されるパワハラの種類については、法律上での定義はされていません。
しかし、厚生労働省では以下6つの要件を満たすものとして定義されています。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
- 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
- 個の侵害
(参考元:職場におけるハラスメント関係指針|厚生労働省)
いずれかに当てはまる場合は、パワハラとして労災認定される可能性があります。
パワハラが労災認定される基準と心理的負荷評価
パワハラが労災認定される基準には、以下の3つがあります。
- 発症前6カ月以内にパワハラによるストレスを受けている
- 労災認定の対象となる精神疾患と診断されている
- 職場以外の心理的負荷が関係していない
また、認定基準には「心理的負荷評価」が用いられます。
心理的負荷評価ではストレスの強度を3段階で判断するための具体例を示した表です。
パワハラによって受けたストレスが「強」と評価された場合には労災認定のための要件の1つを満たしたとされます。
心理的負荷評価表は、以下の資料を参考にしてください。
【参考】心理的負荷による精神障害の認定基準について|厚生労働省
以下では、3つの認定基準について詳しく解説します。
要件1:発症前6カ月以内にパワハラによるストレスを受けている
要件1つ目は、発症前おおむね6か月間以内に、業務による強い心理的負荷が認められることです。
この判定には「業務による心理的負荷評価表」が設けられています。
期間内に心理的負荷が「強」と評価された場合には、労災認定されます。
要件2:労災認定の対象となる精神疾患と診断されている
要件の2つ目は、パワハラ被害を受けた人が、認定基準の対象となる精神障害を発症していることです。
認定基準の対象となる精神障害は、以下の10項目です。
- 症状性を含む器質性精神障害
- 精神作用物質使用による精神および行動の障害
- 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害
- 気分障害
- 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
- 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
- 成人のパーソナリティおよび行動の障害
- 精神遅滞
- 心理的発達の障害
- 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害
参考元:精神障害の労災認定:厚生労働省
上記のなかで、業務に関連して発症する代表的なものは、気分障害(うつ)や神経性障害(急性ストレス反応)などです。
要件3:職場以外の心理的負荷が関係していない
3つ目の要件は、心理的負荷の要因が職場であるかどうかです。
職場以外の要因で発症した精神障害は労災認定されません。
これらは労働基準監督署の「職場における心理的負荷評価表」「職場以外の心理的負荷評価表」によって判断されます。
パワハラで労災認定された場合の補償金額
パワハラで労災認定された場合、給付金が支給されます。
- 療養補償給付
- 休業補償給付
- 障害補償等一時金
労災認定にはほかの種類もありますので、さらに詳しく知りたい方は参考記事をご確認ください。
以下では、3つの給付の内容や金額について解説します。
【参考】パワハラで労災認定を得るための条件|労災認定手続きの手順も解説
療養補償給付
療養補償給付とは、治療に関する給付で、金銭を受け取れるのではなく、治療費を払わずに済むものです。
たとえば、労災病院や労災保険指定医療機関で治療を受けるときには、治療費がかかりません。
また、それ以外の医療機関で治療を受けた場合も、労災保険から支給されます。
休業補償給付
休業補償給付では、給付基礎日額の6割相当額が支給されるものです。
あわせて、特別支給金として給付基礎日額の2割相当額が支給されます。
ただし、休業補償給付が支給されるのは4日目以降からです。
休業3日目までは待機期間となり、休業補償給付は支給されません。
障害補償等一時金
障害補償等一時金は、パワハラによって精神疾患が後遺障害として残った場合に受け取れるものです。
受け取れる金額は精神疾患の後遺症の等級に応じて異なります。
- 9級…給付基礎日額の391日分
- 12級…給付基礎日額の156日分
- 14級…給付基礎日額の56日分
あわせて後遺障害の程度に応じた特別支給金が支給されます。
パワハラで労災認定される流れ
もし自身がパワハラの被害を受けていると感じるなら、労災認定の準備を進めていきましょう。
労災保険の給付を受け取るには、労働基準監督署へ申請しなければならないからです。
基本的な流れは、以下のとおりです。
- 書類の準備・作成
- 医師の証明をもらう
- 書類の提出
- 労働基準監督署による調査
- 決定通知書
以下では、それぞれの手順の具体的な内容について解説します。
1.書類の準備・作成
療養補償を請求する際は、受診先が労働保険指定医療機関かどうかによって、必要な書類が異なりますので、それぞれに合った書類を準備・作成しましょう。
- 労働保険指定医療機関で療養した場合は「療養補償給付たる療養の給付請求書(5号用紙)」
- 労働保険指定医療機関以外で療養した場合は「療養補償給付たる療養の給付請求書(7号用紙)」
受診先が労働保険指定医療機関かどうかは、厚生労働省の「労災保険指定医療機関検索」で確認できます。
2.医師の証明をもらう
労災の申請をする場合には、医師の診断や治療期間中に記録されたカルテなどが必要となりますので、診断をうけて労災申請する旨を伝えてください。
医療機関を受診しなければ、精神障害の発症を確認することができないので、労災申請の認定要件を満たせません。
3.書類の提出
書類を提出する際は、提出先に注意してください。
療養補償給付請求書の提出先は、用紙によって異なるからです。
- 5号用紙:病院に提出
- 7号用紙:労働基準監督署に提出
なお、会社が書類記載に応じない場合でも、会社欄が空白のままで申請することができ、申請自体は受理されます。
労災認定されないケースもありますが「労災隠し」をしていたと認定されることもあります。
4.労働基準監督署による調査
労災申請書が受理されると、労働基準監督署が調査を開始します。
この調査では、申請者、会社関係者、担当主治医などから事情を聴取し、その内容を記録します。
さらに、申請者、会社関係者、担当主治医からの資料提供や事情聴取がおこなわれます。
5.決定通知書
労働基準監督署の調査終了後、従業員には労災支給決定通知書または労災不支給決定通知書が送付されます。
労災不支給決定に納得がいかない場合、従業員は以下の選択肢があります。
- 審査請求:労働基準監督署の上級機関に対して不服申し立てをおこなう
- 再審査請求:審査請求の決定にも納得できない場合、2度目の不服申し立てをおこなう
- 取消訴訟:再審査請求の裁決にも納得がいかない場合、国を被告として最初の決定に対する訴訟を起こす
上記の方法で、従業員は複数の不服申し立ての機会が用意されています。
パワハラの労災が認められた事例
実際に、どのようなケースでパワハラの労災が認められているのか、事例を紹介します。
具体的な内容によっても異なりますが、似たようなケースであれば労災認定される可能性があります。
事例①ひどい嫌がらせ、いじめ(パワハラ)による精神障害の労災認定事例
Aさんは、総合衣料販売店に営業職として勤務していたところ、異動して係長に昇格し、主に新規顧客の開拓などに従事することとなった。
新部署の上司はAさんに対して連日のように叱責を繰り返し、その際には、「辞めてしまえ」「死ね」といった発言や書類を投げつけるなどの行為を伴うことも度々あった。 係長に昇格してから3か月後、抑うつ気分、睡眠障害などの症状が生じ、精神科を受診したところ「うつ病」と診断され、精神障害の労災が認定されました。 |
事例②パワハラ・長時間労働による労災認定事例
Lさんは、P会社に勤務していたところ、長時間労働と休日出勤が重なり、1か月当たりの時間外労働時間数は100時間前後で推移していました。
そしてある出来事をきっかけに、上司より人格や人間性を否定する叱責が繰り返されるようになりました。 パワハラと長時間労働により、不安感、眠れないといった症状が生じ、心療内科を受診したところ「うつ病」と診断され、精神障害の労災が認定されました。 |
パワハラの労災認定が難しいと言われる理由
上記の事例のように労災認定されるケースもありますが、実際にはパワハラの労災認定は難しいといわれています。
なぜなら、仕事が原因による発症であることを証明しなければならないからです。
客観的な根拠と事実、医学的な観点を含めながら判断が求められるので、調査に時間がかかり、認定もされにくいのです。
個人では、客観的な根拠となる証拠を集めにくいですし、労力もかかってしまうので、労災認定を申請する際には、専門家に依頼したほうがよいかもしれません。
パワハラの労災認定は弁護士への依頼がおすすめ
パワハラの労災認定は、個人でおこなわずに弁護士へ依頼しましょう。
個人で労災認定をしようとすれば、労力もかかりますし、認められる可能性が低いです。
一方で、弁護士に依頼すると、以下のメリットがあります。
- 認定要件を満たすための証拠準備をサポートしてくれる
- 不備のない書類を作成してくれる
以下で、具体的にどのようなことをしてくれるのか、解説します。
認定要件を満たすための証拠準備をサポートしてくれる
弁護士に依頼すれば、複雑な事務手続きや労力を要する労災申請をサポートしてもらえるメリットがあります。
特に、労使対立が激化したケースや退職後の申請では、労働者自身で対応する必要があり、証拠整理だけでも一苦労です。
有利な主張が伝わらず、労災認定を受けられない可能性もあります。
弁護士に依頼することで、証拠準備などの認定要件を満たすための作業を全て任せることができ、労災認定を認められる可能性が高くなります。
不備のない書類を作成してくれる
労災保険給付を得るには、要件を満たした不備のない書類を提出しなければなりません。
しかし、労災や法律の知識のない方では、完璧な書類を作成するのは難しいです。
弁護士に労災について相談すれば、申請書の書き方指導や弁護士の意見書添付などのサポートにより、労災認定の確率を上げられます。
さいごに|パワハラで働けないほど悩んでいるなら労災認定を進めましょう
パワハラによる精神障害は、労災の対象です。
ですので、もし現在パワハラで働けないほどに追い詰められているのであれば、一度労災認定を進めてみましょう。
ただし、個人だけで進めるのは難しいので、弁護士に相談しながら進めていくとよいでしょう。