助けることが存在の目的 ~人は助けることが人生の目的の一つに必ずある~

助けることが存在の目的 ~人は助けることが人生の目的の一つに必ずある~

助けることが存在の目的 ~人は助けることが人生の目的の一つに必ずある~

トラブル発生!

先日、個人的にですが、とある問題が発生しまして…

その時私、「もうこんな人助けたくない!!」ってすごく思って、投げ出そうかと思っちゃったんです。

トレーニングのパートナーと信頼関係が崩壊して、
もう一緒にやり遂げることなんて絶対出来ない…とまでなっちゃいました。

困ったもんですよ。。。

一緒にやり遂げる必要があるんです。
そのためのトレーニングなんです。

でも、本気で、「もうこんな人とやるの嫌だ!!!」
ってなったんですよね〜〜〜

私は、自分で言うのもなんですが、割と受け入れ幅が広くて、
大抵のことは、まぁいいんじゃない〜って思えるタイプと思ってました。

でも、その件はどうしても受け入れられず、
受け入れるどころか、
もうすっごい拒絶反応が出て大変だったんです…

起こったことを、かいつまんで言うと、
トレーニング前半は、まぁまぁ仲良くやってたんです。
色んな話したり。

そこでは皆、仕事や家庭など色んなことをやりながら、
時間やお金をやりくりして、
トレーニングにいそしんでいるわけなんですけど、

その人は、いつも
「妻から色々言われるから大変で…」
「仕事のことが気になって…」
「なんでか寝れなくて、だから時間を変えてもらいたくて…」

色んな事情をぐちぐち言ってくるんです、普段から。

まぁ人それぞれ色々事情があるでしょうから、
それくらいは、まぁそうだよね色々大変だよね…と受け止めてたんですが、

でもそれだって、色々大変なのはみんな一緒だよ!って思えてきて。

そのうち、
自分が順調にトレーニングが進まないことに関して、
スタッフ達を責めたりしてきたんです。

「あの新人の人が、〇〇をしてないから…」
「私が言ったことに理解も示さずに、あの人は一瞬キレたんだ、スタッフなのに。」

とか…

私からしてみれば、単なるクレーマー。。。

大体自分のトレーニングで、自分が自分をかえりみて成長するんですよ。

それを助けてくれてるスタッフですよ。

自分が何してるか見ようとしないで、
人を責めてばっかりしてるから
そうやって大変にばっかなるんだよ…

これはそのうち、私にも火の粉が飛んでくるな〜とか思ってたんですよね。

そしたらやっぱりきた…

思っちゃったからかな…
思考が現実化することについては、この記事もどうぞ♪→『思考は現実化する』とはどういうことか?〜「仕事が辛い」と考えている人に

私の顔を見ながら、こんなこと言ってくるんです。

「ほんとに鋭いよね。頭も良いし、隙がないって言うか… 得意か苦手かっていうと苦手なタイプだ。」

もー、知らんがなって話です…
頭良いことや、ルックス責められても、知らんよね…

ようするに、なんでも『人のせい』なんです!!! どこまでも。
自分はいつも悲劇のヒロイン(しかもおっさん…)

トレーニングのパートナーとして
お互い助け合って、終了させないといけないんですけど、

もうこんな攻撃性高い拗ねたおっさんの相手はやだよ〜〜

無理だよ〜〜〜
ハードル高すぎるわぁ〜〜〜

って、ここまで頑張ったトレーニング諦めそうになってました…

私の課題

で、実はですね

私は私でダメなことしちゃってたわけです。

彼の不合理な言動は全て、人間の二つの心のうちの反応心が喋ってること
(人間の二つの心については、こちらをお読みください→ 心の仕組みと二種類の心〜心の仕組みや働きを知ると生きやすくなる!〜

だから彼そのものを批判しちゃいけないんです。

ましてや、心の奥を出して手放すためにやってるトレーニング中をしてる仲

今まで我慢して自分を押し殺して生きてきた彼が
自分をそれだけ出せるようになったのは、めでたいことなんですよね。
トレーニングの趣旨からすると。

乗り越えるために、一時的に出てきている膿みたいなもんです。

私もそれを承知で、対応しなければならなかったんですが、

許容範囲の限界を超えたようで、
「もう絶対無理です!!!」ってなった。

仕組みとしては、

彼の言動や態度、このシチュエーションとか諸々が、

私の反応心を再刺激し、私は完全に乗っ取られ

私は猛烈に、逃げたい!避けたい!絶対嫌!!
さらには、悪を裁きたい判事モード。

反応心に乗っ取られた時、って本当にすごいんですよね〜〜〜

理性とか完全に吹っ飛んでますからねぇ

しかも、一見落ち着いて冷静に考えてこう思う風に、
色んなもっともらしいことを語り出す

彼は、自分をもっとよく見るべき
私も自分の時間をなんとかやりくりして来てるのにもう付き合ってらんない
助けたくても、攻撃してくるような人は流石に対処できない…

ですけどね

人生とはよくできているもので、
このシチュエーションこそ、私が乗り越えないといけないものでして。

自分が耐えられないと怒ってくるのとか
まさに私の父親とか元旦那も似たようなタイプだったり

もうこんな人助けたくなんかない!という感覚も今回初めてじゃない感覚だったり

そもそもその人の言動をジャッジして責めてるのが私、おんなじことしてる…

いやだ!もうこの人とはやらない!
と言いつつも、心のどっかで

私が直面して乗り越えないといけないやつだ…

ってわかってたんです。めっちゃ嫌ですけど!

今まで散々向き合えないものだっただけに、
込み上げてくる逃げたい気持ちも半端じゃなかったです。

でも、沢山の人に相談して、助けられて、

私は何とかこの自分が絶対向き合いたくない状況に
向き合おうって思い直すことができました。

人を助けたい気持ち

心の仕組みの詳細は省きますが、

(こちらの記事の危機察知機能を読むと良いです。→今ある「仕事」という言葉へのイメージを変えて、もっと仕事を楽しくする①

基本的に私が向き合うことは、

今恐れているのは、過去のトラウマみたいなもんで、
それは現在には存在していないとわかって
現在の状況を理性的に判断して行動する
こと

苦手なタイプやシチュエーションとは、
嫌な思いをした過去の経験を引きずって避けようとしているだけで、
今そこまでの事態は本当は起こってないのです。

顔も見たくないほどおそれる必要はないし、
普段は良い人なので、超悪!みたいに扱う必要もない…

そして、そのように苦手な過去をひきづって逃げ続けていると、

似たような状況をまた招いてしまうのですよね…

私がどうしてそれほど、強烈に抵抗したかを探っていくと

どうもそれは、

『助けられなかった過去』

に由来していたみたいです。

急にこんな話しても、??かもしれませんが、
なんだかすごく根本的な仕組みだと思ったので、書いてみたくなりました。

人が生まれた目的、って一度は考えたりすることかと思ったりするのですが、

人が共通に持っている目的が「助けること」にあるようなのです。

例えば、小さい頃、ちょっとでもお母さんが喜ぶようなことしたかった覚えはないですか?

そして喜ばれたら、この上なく嬉しくて、またお手伝いしよう♪ってなる。

そうして、自分ができることをして人に喜ばれると嬉しくて、またやる

それを皆がやっていると、世の中みんなハッピーなようにできている。

でも、多くの人はその助けたい気持ちがどこかでくじけてしまう

急いでいる親は、お手伝いしてくれようとしている子供に
「もういいわ!早くやんないと!」とか
「わぁ!もうぐちゃぐちゃじゃない!!」
とか言っちゃったりするわけです…

そうして、人は、
自分は人を助けることなんてできない人間だ
助けようとしたって酷い目に遭う…

という気持ちを刻んでいきます。

そして、しまいには、

「人を助ける」ということなんて
バカバカしいこと
やっても無駄なこと
やっても損
痛い目に遭う

という風に、純粋だった人もいわばグレていってしまうのです。

まさに、私も、
そんな人助けても、損するだけ。
自分までダメになるわ
って思ってました…

でもね、

生まれてきた意味でもある、
「助ける」ということを
できなくなってしまうと

人は、本当の意味で落ちぶれてしまうんだと思います。

別に、自分を犠牲にして助けるのがいいとかいうわけではないです。

でも、
自分ができる程度に
できる範囲で
人を助けることができている人は

それだけ、幸せで充実した人生が送れているというのは
言えると思います。

そういうことを全くしないで、
楽しかったらいい、だけで生きていると、

どこかで、無性に虚しくなってきたり
欠乏感が埋まらなかったり
何のために生きているのかわからなくなったり

人生にやりがいや本当の喜びが薄れてくるんです。

私も、この「助けることを嫌がる気持ち」に自分の課題があると気づいてから、

小さなことですが、「助ける」を意識して、
できることは引き受けることにしました。

例えば、今その施設には海外から撮影班が来ていて、
日本語がわからないから、日本語の文字起こしを頼まれたり、
撮影に必要なお客さん役を引き受けたり、
時間に余裕があるわけではないけど、できそうなことをやってました。

仲間が困っていたら、相談にものります。

シェア暮らしなので、時間があれば、掃除や洗濯を積極的にします。

そうしていて、まず最初に気づいたのは、

いかに普段自分が多くの人に助けられているかということでした!!

割と普段から、人によくしてもらうことが多いように思います。

おしゃべり好きなので、話しかけられたり、話しかけたり、ちょっとした立ち話をすることも多いですが、

そうすると、皆何かしら手助けをしてくれようとしているのがわかりますね。

私は、性善説に立っているので、人は皆基本的には良い人だと思ってます。

でも、過去の辛い経験や今抱えている悩み、そんな様々な理由から、余裕がなくなり、人に八つ当たりしたり、ひどいことをしてしまう場合もありますが…

「助けることが存在の目的」

その視点で、自分や周りの人達、さらには周りの物もそういう目で見てみると、

助けている存在だらけだなぁ〜(^.^)

というのがわかりますよ♪

今日もお読みくださり、ありがとうございます