コミュニケーション力とは、『そこに居る力』と『受取力』と『返事力』

コミュニケーション力とは、『そこに居る力』と『受取力』と『返事力』

コミュニケーション力とは、『そこに居る力』と『受取力』と『返事力』

私は人間の能力を向上させることを研究・実践するのが趣味なので(笑)、
日々のやりとり等からも色々考えることがあります。

少し前にコミュニケーションのトレーニングを受けたのですが、それが地味に私に響いておりまして、

私はコミュニケーション力が特に低い方だとは思っていませんでしたが、実はかなりコミュニケーション力が低い人だったんだなぁ…ということに気づきました(^_^;)

一見誰とでも普通に話すことができるようで、実は肝心な話ができない、つまり向き合えないと、避けて放置しておく、ということもよくやっていました。

その時は勇気を振り絞ることや嫌な思いをしなくて済ませていたことは、後で何らかの形で気持ち悪いまま残ったりするんですけどね…

絶対向き合わないといけないような場合は、再度何らかの問題という形になって、降りかかってくるので、これからは来たものは避けずに向き合っていこうと思っています。

コミュニケーションの本質を理解して、コミュニケーション自体に向き合うことができるようになってくるとそう思えるようになってきたので、それをシェアしたいと思います。

問題の本質

多くの人が悩みとして抱える問題の多くは、実はコミュニケーションの問題であって、実際に起こった事態そのものがどうしようもない問題なわけではなかったりします。

逆にいうと、起こった事態がどんな問題であろうと、コミュニケーション力をもって対応すれば、すぐにさほど気を病むような事態ではなくなっていきます。

あとは、問題の処理として、淡々と片付けていくだけになっていくのですね。

人との問題を抱えていなければ、問題だった事態の処理も、生産的な仕事の処理とさほど変わらず、一つ一つ処理していくだけの普通の仕事になります。

しかも、関係者や仲間達とコミュニケーションをとりながら、共に問題を処理していく過程は、大変なことであっても、連帯感が生まれたり、信頼関係が育ったりして、むしろやりがいがある有意義な体験になったりしますよね。

災害の処理とかでもそういうことが見られますね。

もちろん、一言では言えないような問題もあるでしょうが、被害を共に乗り越えた経験は、深く残るかけがえのない体験として、その人の人生に素晴らしい影響を与えているというのを何度も目にしました。

そこまで大きな問題でなくても、日々起こるちょっとしたトラブルにおいても、周りの人たちと良いコミュニケーションをとりながら、それを処理することができた時には、

トラブルが起こったこと自体は徐々に大した問題ではなくなり、それをどう処理できたかという過程が経験や思い出という財産になって残ります。

そもそも、起こる事態・問題というのは、すべて単なる客観的事実であって、それが「酷い」「辛い」とか「悲劇」と捉えるか、「良い経験になった」「学びの機会だった」「方向転換のきっかけだった」と捉えるかは、個々人の評価の問題ですもんね。

これについては、過去記事の『自己受容』が鍵〜会社を辞めたくて仕方がない自分はダメ人間なのか?もご参照ください。

コミュニケーション力

私が以前受けたコミュニケーションのトレーニングでは、まず一番最初に『そこにいる』というトレーニングを行います。

椅子を二つ向かい合わせて、もう一人の方と膝を付き合わせて向き合って座り続けるトレーニングなんです。

まず、「そこってどういう意味ですか?」と聞かれまして、答えられませんでした。

そこ?ちょっと離れたとこ?

辞書をひくと、そこ=聞き手の近く、という意味でした。

なので、『そこにいる』トレーニングでは、一段階目では目をつぶり、二段階では目を開けた状態で、相手の方と向かい合わせに座り、相手のそばに居続けるのです。

黙って座り続けているだけですからね、何十分も。

会話をするでもなく、ただじっと知らない人と向き合って座り続けるって、できないもんでしたね〜

目をつぶってる段階なんて、めっちゃ眠たくなったり、すぐ別のこと考え始めて「ここにあらず」の状態になっちゃったりするし…

目を開けてる段階は、それはそれで何だか居心地悪く感じたり、どこ見ていいのかわからなくなったり、モゾモゾしてきたり。

慣れない人は数分ともたなかったりするんですが、だんだん慣れてくると、数十分続けても何ともなくなってきます。

最初は、会話もしないこれがなんでコミュニケーションのトレーニングなのかよくわかりませんでしたけど、ただ言われるままやってました。

でも、受けてからしばらくしてから、これがコミュニケーション能力の基礎・ベースであることがすごく腑に落ちたんですよね!

そう思ったのは、まず人とちょっとした会話や挨拶をする時、まだ会話の途中なのに、どこ見ていいかわからずサッと目をそらしてしまったり、意味のない愛想笑いをしてごまかして相手に意識を向け続けていない自分に気づいた時です。

意外と、自分は人と話ができていると思っていても、よく見ると表面上の会話で済まして、意識の本体がずっしりと相手と共にある、しっかり相手に向き合ってる、ということはしていないで済ませていたことが多かったんだなぁ〜と思いました。

そういうのは、相手の人には伝わってるんですよね。

自分がされた側であれば、すぐに気づくと思います。

相手の人が、全身全霊で自分に向き合って話をしているのか、一見こちらを見て話をしているように見えて、心の中はどっか避けてるな、っていうのは。

これがハッキリわかる今では、そういう時は、話が終わって離れた後、何とも言えないスッキリしない感じが残ります。

なので、あ〜またやってしまった…と気づいて、次こそは!と思って、日々自主練しています。

逆にこれがしっかりできている時、相手の方とはすごく信頼関係ができるのを実感します。言葉で現しているわけではない信頼というか安心感・感謝のようなもの。

会話の内容自体を扱わなくても、ただ『そこにいる』ことができるかどうかだけで、こんなにも変わるんだなぁ〜ということがわかってきました。

人間力って、こういうことなんでしょうね。

いや、今まで結構ごまかしたり、適当に流してたりしましたわ^^;

人と向き合えることが出来ると、事態に向き合うことはもっと簡単だと思います。

そして向き合ったモノは解決できるので、結局はやっぱり向き合う力・直面力、勇気の問題だったりするんですね。

信じる者は救われる、と言います。それも本当だと思いますが、向き合った者・勇気を持った者は救われる、とも言えますね!

受取力・返事力

コミュニケーション能力で検索すると、色んな技術や講座があるようですね。

ビジネスするにも充実したプライベートを過ごすにも、人間である以上コミュニケーションの力があるとないでは、だいぶ変わってきますもんね。

専門的知識や技術の有無よりもよっぽど大事なんじゃないかとも、思えます。

今は、PCや携帯の時代なので、特に人よりも画面に向き合ってる時間がほとんどだったりするので、意識して人と向き合う力をもたないと、当たり前にできることではなくなってきているのかもしれませんね。

コミュニケーション能力の内容には様々ありますが、『そこに居る力』ともう一つ私が大事にしているのは、『受取力』と『返事力』です。

これは、私自身、前は誤解していて、全然できていなかったので、大きな学びでした。

相手の話を聞いて、それを「受取る」というのと、相手の話に「同意する」「賛成する」というのを、混同していたんですよね。

そして、嘘をつけないタイプなんで、相手の方が自分と違う意見を持っていたり、反対の考え方をしていたりすると、露骨に「えっ!?」とか「はぁ?」とかなってました(笑)

コミュニケーション力なしですよね…

だから、コミュニケーション能力が高い人というのは、良いと思ってもいないのに「良いですね〜(^o^)」とか言って、ゴマをすることができる人のことだとすら思っていたかもしれません。

でも、そうじゃなかったんです。

相手の話を「受取る」というのは、単に相手の話を聞いてその内容を理解することです。

相手の話に「同意する」とか「賛成する」のとは、別の次元の話です。

同意はできなくても、相手の話を聞いて理解することはしなきゃならんでしょ。対話する以上当たり前ですよね。

私はこの辺を混乱していました。だから、考え方が近い人とは話ができるけど、自分と意見が違う人とは、コミュニケーションとれてなかったかもしれません…

そして、合わせて必要なのが「返事力」

あなたのおっしゃったことを、私はしっかり聞きましたよ、内容は理解しましたよ、と伝える能力。

意外と出来てないのが、この「返事力」。

私もそうで、相手が言ってる内容を理解するのはそりゃできるんで、自分では理解はしたつもりだったけど、きちんと返事をして伝えてないもんだから、相手には受け取ったことが伝わってなかったみたいですね。

そうなると、もうコミュニケーションプロブレムの発生です。

相手の話をきちんと聞いた・受け取った、ということが伝えられていないのに、次に自分の意見や主張なんかを言ってしまうと、相手の側からしたら、「人の話はなおざりにして、自分の言いたいことだけ主張してくる酷いヤツ」になるわけです。

そうならないためには、相手が話し終えた後には、必ず、「わかりました。」「そうなんですね。」「理解しました。」と相手の話を私はしっかり聞きましたよ、理解しましたよ、ということを相手の方に伝えることが必要です。

きちんと相手の話は聞いたという了解のもと、次に自分の意見や主張を述べることは、それは話し合いの本質なので、そんなに気を悪くする人はいません。独裁者でもない限り。

それを知ってからよく観察していますが、最初はクレームを言ってくる位怒っているような人でも、きちんと話を聞いて、それは理解しましたという返事をきちんとしていると、次第に納得して満足して帰られるということです。

人が話し合いで怒ったり揉めたりするのは、実は蓋を開けてよく見てみると、相手の話をきちんと聞いて受け取ったということを示さずに、自分の主張を続けたことによって、相手の気分を害していたということが、結構多いのです。

まとめ

細かい技術は色々あるのだと思いますが、コミュニケーションの基本的な力としては、以上に述べた

① そこに居る(じっと相手のところに居る力)こと

② 話し手が自分の話したいことを話し、聞き手がそれを聞いて理解し、聞いたよって返事すること

さらにいうと、
③ 今度は話し手と聞き手が入れ替わって、双方が話す側・聞く側の両方を行うこと

なのではないかなと思います。

それだけで、心地良い、良好なコミュニケーションは成立するんですよね。

話している内容にかかわらず、快い会話が続けられれば、少なくともトラブルは起こらず、何らかの合意点が見つけられるものです。

そして、気持ち良い会話ができたということは、それだけで自分としても気分が良くなって、人と関わることが楽しくなってきます。

ぜひ、日々チャンスはあると思うので、人とコミュニケーションする力について、意識して練習してみて下さいね。

それで人生の機運は随分違いが出てくると思いますよ。

今日もお読みくださり、ありがとうございます♪